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うちゅうれき 2314.12.16
うちゅうれき 2314.12.16

生きていけるようにするものと、それを妨げるもの。

すこし、長く眠り過ぎたみたいだ。

誰かが僕を起こしてくれた。

自分の人生は自己固有のものだ。

誰かと話ができたとしても、

自分の心の奥底のものは

人と共有できない。

そして、自分の人生を、代わりに誰かに歩いてもらうことはできない。

だから最後は自分でどうにかするしかない。

来るかわからない助けを期待して死ぬわけにはいかない。

だから孤独の中で生きている。

でも、たまに、

「また生きていける」ような、

何かを貰うこともある。

今日の話は

「生きていけるようにするものと、

それを妨げるもの」。

あなたには、好きな音楽があるだろうか?

その音楽は、あなたの中に、どんな感覚を生み出すだろうか?

「また現実に戻って、何かをしよう」と思わせてくれるだろうか?

あるいは

「その音楽の中に、ずっと浸っていたい」と思わせてくれるだろうか?

おそらく、

「その音楽の中に、ずっと浸っていたい」

と思わせるもののほうが、ずっと多いはずだ。

そして、それには明確な理由がある。

音楽を作る人にとっては

何度もその音楽を聴いてくれることの方が重要だ。

何度も聞いてくれることが、金銭に絡む場合はなおさらだ。

あるいは逆に考えてみよう。

自分の音楽を聴いてくれた人が、

それ以降2度とその音楽に触れない事を望む作曲家がいるだろうか?

こう考えると、

「その音楽の中に、ずっと浸っていたい」

と思う音楽の方が多いことは当然に見える。

これは必ずしも善悪の話じゃない。

でも、"偏り"が生む問題がある。

もし、

「この音楽の中にずっと浸っていたい」

と最高に思える音楽に出会えば、その人の人生はどうなるか?

その音楽を聴くことだけに、一生を費やすことになる。

音楽が洗練されればされるほど、

聴くひとは、音楽の消費者としての人生を強制されることになる。

別の"偏り"もある。

料理を作る人は、

「一口食べれば満足してしまう料理」

ではなく

「食べても食べても、さらに欲しくなる料理」

を作る。

娯楽を作る人は

「観ても観ても、続きが見たくなる映像」を

「読んでも読んでも、続きが読みたくなる読み物」を

作る。

そして

生きているだけで、誰かの引っ張りだこになって

自分の人生を送る時間が減っていく。

自分の人生を生きれるようにするのではなく、

生きれないようにする。

そういう"偏り"のある時代を送っている。

逆に、自分の人生を生きれるようにしてくれるものはなんだろうか?

一度聴けば、「また自分の人生を生きよう」と思える音楽。

一度食べれば、「また今日も頑張ろう」と思える料理。

・・・

今はもう、なくなりかけているモノたち。

そんな中で、

また「生きていけるようにする」何かに出会うことがある。

その暖かさに触れることがある。

その時、また歩き続ける元気をもらう。

今日は

「生きていけるようにするものと、それを妨げるもの」

についてだった。

自分の人生を生きるために、大切な認識の一つだと思っている。

あと、実はもっと巧妙な

「死んでいけるようにするもの」

もたくさんある。

これは良いものだけど、悪さもするという話を

またの機会に書こうと思う。

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