クソみたいなことを、なにも きにせず こなせるように なることを、
それを おとなに なるってことだと いうのなら
しんだほうが ずっと、ずっと マシ。
「そうしなければ いきていけない」と いうのなら、
それなら しんだほうが マシ。ずっと マシ。
「それでも しねないから、だから ゾンビとして いきてるんだろう?」
そう いいたくなる。
もう いきていないのに、じぶんが いきていると おもいこんでいる ゾンビに
なにか いわれる すじあいなんて ない。
なんでだ。なんでだ。
ただ、にんげんとして いきたいことが、なぜ ここまで むずかしいんだ?
ただ それだけのことなのに、なぜ "おとな" は やっきに なって それを つぶしたがる?
「それが おとなに なるってことだよ」
なんて、さとったふりを する ゾンビの ことばなんて、なんの かちも ない。
じぶんが こうふくで あんしんしていたいがために、もうもくを えらぶなんて
そんなもの、なんの かちも ない。
ゾンビで あふれた ちきゅうで ながく すごしたとき、
ぜつぼうは、とても やすらかな ここちなんだということを しった。
ただ、いますぐ ここから とびだしたかった。
ねがいが かなうならば、つばさが ほしかった。
ことばの のろいを、いまも ときつづけている。